守護神
written by ポトスさん
「あした天気になあれ」 車椅子に座った志郎の目の前を、太陽に向かって黒い影が弧を描く。 それ程高く放り投げられているわけではないのに、逆光になった陽の光の下、影となっ た靴は何故かゆっくりとスローモーションのように落ちてきた。ぱふん、と地面にぶつか り、二転三転してから止まる。 「あら。明日は雨ですって。お散歩の時は降らないといいわねぇ」 車椅子を押していた母の声が、後ろから響いた。 月での事故が、志郎から姉と四肢を奪った。あれから1か月。姉はもういないのだという 事実を、大地を踏みしめる足も、ぎゅっと抱きしめることのできる手も、もう自分には 残っていないのだという事実を、ただ認めるためだけに費やした時間だった。 外出の許可がおりると同時に、母親は志郎を散歩に連れだした。 病院の傍にある川縁の 土手。日課となった散歩でこの道を通ると、母は必ず“これ”をした。志郎は黒い影が自 分の前方に落ちるのを、ただ、じっと見つめていた。 志郎が義肢をつけてから、1週間になる。 土手に、秋桜の花が咲いていることにようやく気が付いた。 「あした、天気になあれ」 母は今日も同じ場所で同じ事を繰り返す。そして、くるりと逆さになった自分の靴を取り に行こうと車椅子から手を離す。 「待って。お母さん」 固い声で、志郎が言った。 「僕が行く」 ゆっくりと車椅子から立ち上がった。まるでギシリと音が聞こえるようだ。ふらりとする身 体を何とか支え、足を引きずるようにして前へ進む。ほんの数メートルの距離が、なかな か縮まらない。ようやく靴の落ちている場所まで辿り着くと、よろけるようにして靴を拾い、 胸に抱きかかえ向きを変えた。 そして数倍の時間をかけ、やっとの思いで母親の元へと辿り着く。 「はい。お母さん。時間がかかってごめんなさい」 靴をそっと差し出す息子を、ありがとうの言葉とともに母親は抱きしめた。 泣いても、叫んでも、祈っても、姉さんは戻ってこない。 手も足も無くしてしまったのは、姉さんを死なせてしまった僕への罰。 これからは、人の役に立つことをするんだ。 それが僕が生き残った意味。 僕は、決して、機械に負けたりしない。 |